三上つかさの雑談ブログ

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【「同性愛は異常」なのか】時系列順にニュースを並べてみた。+自論

  公開日:2015年12月13日

こんにちは、三上つかさです。

さて、今回は岐阜県職員の「同性愛は異常」という野次についてまとめてみた。

このニュースをご存知の方は多いだろう。むしろ知らない人の少ないかもしれない。連鎖的に起こった今回の一連のニュースを、毎日新聞の記事を引用しながらまとめてみ酔おうと思った。

海老名市議のツイート⇒岐阜県職員のツイート⇒藤墳守県議の野次

これの順に記事を紹介していき、これに対して意見を述べ、最後に「同性愛は異常」という発言そのものに対して、三上自身の自論を述べさせていただきたい。

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海老名市議の「同性愛は異常」ツイート

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(画像は鶴指眞澄プロフィール | タウンニュース政治の村より引用)

11月29日の毎日新聞より引用

海老名市議 | 「同性愛者は異常動物」のツイッター – 毎日新聞

奈川県海老名市の鶴指(つるさし)真澄市議(71)=無所属・3期目=が28日夜以降、同性愛者について「生物の根底を変える異常動物」などと自身のツイッターに投稿していたことが分かった。ネット上で「差別であり人権侵害」など批判の書き込みが相次ぎ、鶴指氏は29日に投稿を削除。「不適切な表現だった」とツイートした。

 全てのことの発端はこの鶴指市議のツイートである。

これに対し、海老名市議会は鶴指議員に対して辞職勧告決議案を賛成多数で可決した。しかし、この議案にはあくまで勧告というところでとどまるため、12月2日の毎日新聞のインタビューに対しては、やめるつもりがないということを話した。

 なお、次のサイトで本人の「お詫び」という文面が載せられている。

http://turusashi.com/

 

 

 岐阜県主任の不適切ツイート

そしてこの2日後、12月1日の毎日新聞より引用

ツイッター | 岐阜県主任「同性愛は異常」沖縄県民中傷も – 毎日新聞

岐阜県技術検査課の30代の男性主任が短文投稿サイト「ツイッター」に「同性愛は異常」と書き込んでいたことが1日、県への取材で分かった。投稿は既に削除されているが、県は処分を検討している。他に沖縄県民や報道機関などを中傷する内容の投稿もしていた。

 海老名市議の「同性愛は異常」というツイートに関して、自身も同性愛者を差別するようなツイートをしたというニュースだ。これに関するツイートのほかにも不適切なツイートがあったという報道もあるが、ここでは関係がないので省略する。詳しくは以下の毎日新聞の記事を読んでほしい。

mainichi.jp

 

藤墳県議の「同性愛は異常だ」やじ

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 (画像は岐阜県:藤墳守より引用)

 以下、12月10日の毎日新聞より引用

岐阜県議会 | 質問中に「同性愛は異常」後で「つぶやきだ」 – 毎日新聞

岐阜県職員が短文投稿サイト「ツイッター」に同性愛者などを中傷する不適切な書き込みをしていた問題で、自民党の藤墳(ふじつか)守県議(74)が10日、この問題の質疑があった県議会一般質問中に「同性愛は異常だ」とやじを飛ばした。藤墳県議は議会後、報道陣に「やじではない。私人としてつぶやいただけ」と話し、発言は撤回しないとしている。

 10日の段階では、この発言を撤回しないということを明言していた。しかしながら、翌日の12月11日には次のような記事が発表された。

以下、

<「同性愛異常」やじ>自民岐阜県議「深くおわび」役職辞任 (毎日新聞) – Yahoo!ニュース

より引用。

岐阜県議会本会議で「同性愛は異常」とやじを飛ばした自民党の藤墳(ふじつか)守県議(74)は11日、記者会見し、「発言を撤回する。深くおわび申し上げる」と謝罪した。

 このように、発言を撤回し謝罪するというコメントをしている。同氏は、この理由について「他人に言われ、同性愛者らを傷つけたことに気付いた」という旨の発言をしている。

彼らは避難されなければいけなかったのか

多くの一般人はこのニュースを聞いて、「彼らが不誠実な人間である」という認識だけを持って終わってしまうだろう。確かに、人として他人を不快にさせる発言には気を付けなければいけないというのは至極当然のことで、そこに反論するつもりはない。反論する人間もいるだろうが、私はその人たちに対して軽蔑すらしてしまうかもしれない。

私が疑問に思ってしまうのは、そう言った道徳的なことではなく、Twitterという私的な場での発言でさえこんなにも大きく取り上げられてしまうのことが正しいかどうか、ということだ。(県議に関してはまた別の問題だが)

このツイートの内容が非難され取り上げられたのは、この発言元が公的な組織に属する人間だからだ。たとえば、○○銀行の社員がこの不適切なツイートをしても、これほどの騒ぎになるとは考えられない。もちろん、Twitter内でRetweetという形で拡散され、その情報が会社に届き処分を受けるということは十分に考えられる。

この差はなんだ。それは、所属の差だ。もちろん、この所属を隠されていれば問題にはならなかっただろうし、個人特定をされる場でこんな発言をしてしまったことが馬鹿なんだ、と考える人もいるだろう。

しかし、私は考えてしまうのである。所属を隠さなければ、自分を隠さなければ好きな発言をしてはいけないのか。限度というものはある。総理大臣がFacebookで諸外国の悪口を言ることは許されていない。

では、所属によってどこまでの言論の自由が制限されるのか。今回の一連のニュースの問題はこれだ。

「同性愛は異常だ」という発言は、彼らがしてはいけない発言だったのだろうか。

ここまで書いておきながら申し訳ないが、その答えは自分でもよくわからない。ただ、言論の自由というものが、どの程度まで許されるべきなのか、現状でその自由が不当に奪われていることはないかと考えることは、無駄ではないと思う。

ここまで読んでくれた方が何人いるかは分からないが、読んでくださった方は、少しでもいいから考えてみてほしい。

 

同性愛は異常なのか

長くなってしまいましたが、やっと最後の見出しです。タイトルにもある通りこれを述べたかったのですが、思いのほか話が長くなってしまった気がする。

さて、まずは私が同性愛者に対して軽蔑を抱いていないことを明記しておく。私は過去に、二人の同性愛者と友達になったことがある。(私は決して友達が多い人ではありません)その二人は人間としてとても立派だったし、何一つおかしなところはない。私が偏見を持たないのは、その二人のおかげかもしれない。

同性愛者の人が日本にどれだけいるかというと、NPO法人LGBT家族と友人をつなぐ会に次のような記述がある。

日本でも数千人を対象とした調査で、「同性と性的接触をした経験のある人々」の割合が調べられたことがあります。なにを「同性愛」の指標とするかによりますが、これらの研究における数字は、1%から10%ぐらいまでの幅があります。我々の実感からしても、少なく見積もっても、日本でも50人に一人ぐらいの割合で同性愛者がいるだろうと思います。

 引用元は以下のサイト

lgbt-family.or.jp

 

LGBTという言葉をご存じだろうか。もし知らなかったのならば、これは世界的に広められている言葉なのでぜひ覚えてほしい。意味は上に書いてある通りなので省略する。

この引用の記述によると、幅はだいぶあるが多くても10%程度だという。

ここでもう一度、「同性愛は異常だ」という言葉を思い出してほしい。

「異常」という意味をgoo辞書で調べると、

[名・形動]普通と違っていること。正常でないこと。また、そのさま。

 という意味が載っている。

私はあえて誤解を恐れずにいうと、「同性愛は異常だ」という言葉は正しいと思う。

人間という生き物は、どんなに知能が発達していようとも所詮は動物の域を脱することはできない。そして動物である限りは子孫を残すことが正しいことであり、その考えを持てることが正常だ。

同性愛者は、子孫を残すことができない(体外受精など特殊な方法を除いて)。そのため、同性愛者は正常ではない、つまりは異常であるということだ。

この考え方が間違っているとは思えない。

しかし同時に、同性愛者は正常だということも言える。

人はそこらの動物とは違い、知的生命体だ。個々の生きる目的はそれぞれ異なり、それぞれの意思、感情を宿す。だからこそ、個人が感じること、思うことのままに行動し生きることは人間として正しい行為、正常であるということだ。

この考え方は、たとえ殺人者であってもその人の意思によるものであれば正常だと決めつけてしまう極論でもある。それでも、個々が好きなように考えることができる、人を愛することができる現代においては、同性愛者が個人の意思で同性を好きになることは正常であると思う。

途中で自分でも何が言いたいのか分からなくなってきたが、とにかく言いたいことは、

「同性愛者は異常であると同時に正常だ」

ということである。

片方だけを切り取るのは良くないと思う。これが事実だ。

どの角度から見るかによって、いろいろな真実が見えてくる。それを理解せずに、ただ一方だけの考えを押し付けるのはもうやめよう。

まとめると、

お互いのことを考えよう

なんてただの道徳的なことが言いたかったのである。

 

頭の中のことを文字にして伝えるのは難しい。

書ききれない思いもあるのだが、私の文才では無理そうだ。

 

ここまでよんでくださって、本当にありがとうございました。

なにか感じてもらえることがあれば幸いです。

それでは、失礼します。

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